第3話:セブンスマンの育て方

 峠の頂から鋼の鳥が姿を現し、日の光を受けながら下り坂を滑空していく。片側一車線の曲がりくねったアスファルトを駆け抜けるのは容易ではない。最初のカーブで大きく膨らみ、ガードレールを金属質の翼で引き裂く強引なコーナリングで通過した。この調子では麓に辿り着く頃には傷だらけになっているだろう。
 だが、ポケモンは路上を飛行することを辞めなかった。脇目もふらずに追いかけているのは数十メートル先に捉えたターゲットの存在。前を走る敵はスピアー。食事中に木の実を横取りされた恨みは野生のエアームドにとって耐えがたい屈辱である。
 エアームドは加速しながらスピアーに接近した。すぐに視界から蜂が消えて、ガードレールが迫り来る。次の急カーブもそれに身体を擦り付けながら乱暴に曲がり、外へ飛び出した翼の刃先で周囲に生い茂っていた木々の枝を切り裂いた。そこから百メートルは緩やかな下りの直線が続いている。スピアーに食らいつく絶好の機会。両翼を寝かせ、身を低くしてまた速度を高めようと風を纏う。
 その時、エアームドの尾が熱を帯びた。
「ディーノ、火炎放射!」
 即座に身体を傾けると、アスファルトを焦がす炎が脇を通り過ぎて数メートル手前で破裂した。直撃していれば効果は抜群、墜落は免れなかったことだろう。
 エアームドの後ろを追いかけるのはロッソ・ディーノの色を纏った跳ね馬ではなく、同じ色をした狛犬を彷彿とさせる伝説ポケモン、ウインディである。その背中には安全ベルトで括りつけられた人間の女が騎乗していた。
「反応がいいじゃない。セブンスマンに向いてる。絶対に捕獲しよう」
 ナギサはラフに結んだ後ろ髪をなびかせながら、ディーノに跨る腿を締めた。乗り心地は最悪だ。ほんの少し油断するだけで振り落される。
「コーナリングが下手くそなうちに攻めるよ!」
 ディーノの後頭部を軽く押した途端、身体がぐんと後ろへ引っ張られ、直線で加速しながらエアームドを追い上げる。サーベル状の尾は目と鼻の先、そして間もなく緩やかな右カーブが待ち受けている。ナギサはディーノをインへ寄せつつ減速させ、カーブの内側へと滑り込みながらガードレール沿いに大きくコーナリングするエアームドの横に並んだ。
「ほのおのキバ!」
 ディーノは炎がほとばしる牙でエアームドのボディに噛みつき、そのまま捕らえて前方へ放り投げる。その少し先を走るのはナギサのスピアーだ。
「モコ!」
 先を駆けていたモコは右手の針を道路に突き立て、それを軸に身を翻して方向転換、放り投げられたエアームドを迎え撃つ。
「ダメおし!」
 槍状の大きな針で炎がくすぶる傷口を突くと、ダメージが増して致命傷となる。エアームドは無抵抗のまま、ガードレールの外へ弾き飛ばされた。ナギサはウエストポーチから空のボールを取りだし、モコへ投げる。
「モコ、ボールよろしく」
 モコの口から吐かれた糸がボールを掴み、コースアウトしたエアームドの後を追う。ボールは林の中に紛れ込む前にポケモンの首にこつんと当たり、中へ取り込んで開閉スイッチに捕獲完了のランプが点灯した。

+++
 
「えーっ、もう新しいセブンスマンを捕まえちゃったんですか」
 帰社した直後、事務所で待ち構えていたトマルの落胆する顔を見て、ナギサは自らの役割を思い出した。
「すみません、捕獲に同行したいと言っていたことを忘れていました。でも、場所は峠ですよ。ここからウインディの足で一時間くらいかかりますけど」
「はあ、時間かかるんですねえ。見学ついでに、この町の美味しいランチをナギサさんに紹介してもらえると思ったのになあ」
 昼食は町の弁当屋で売られている、三百円のから揚げ弁当だった。主菜とご飯、きんぴらごぼうだけが申し訳程度に添えられているそれを食べながら移動し、捕獲を終えてすぐに戻ってきたというのに遊び気分のトマルに腹が立つ。やはり、同行させなくてよかった。
「あら、それなら市民病院のはす向かいにあるうどん屋がおすすめよ」
 事務のサチエが仕事の手を休めて話に割り込んだ。
 眼鏡をかけたやや小太りの、口うるさい田舎のおばちゃんと呼ぶにふさわしい様相の彼女はしゃべり出すと止まらない。そこへ同じく饒舌なトマルが口を開くと、事務所内はあっという間にやかましくなる。
「本当ですか。今度、立ち寄ってみます。うどん好きなんですよ、この地方のうどんはコシが強くて美味しいですよね。入口に置かれている串おでんを選ぶのも楽しいです」
「あらー、分かってるじゃない! うどんを食べに行ったらおでんも買わなくちゃね」
 セブンブリッジの従業員は無駄なお喋りをすることが少ないので、サチエは特に彼を気に入っている。
「トマルくん、イケメンで機械にも強くて素敵だわー。おばちゃん、この年になるともう無理よ。パソコンも難しくてねー」
 当てつけかと思うほど、その称賛を何度も聞かされていた。
 パソコンが苦手なのは、年を理由に学習しないことをナギサは知っている。事務のくせにコピー機やエアコン、パソコンなどの機械類の不明点や不具合は自分や社長頼りだ。

 トマルを放置して東厩舎に向かい、作業場の前で捕獲したばかりのエアームドを繰り出した。いつも通り早朝に掃除をすませて他のポケモンを外に出しているから、すえた臭いは和らいでいる。
「ここが少しの間、あんたが暮らすことになる家だよ。翼を広げやすいよう、大きめの部屋にしてあげる」
 エアームドは嬉しそうに声を上げて翼を広げ、身体を浮かせようとする。好き勝手にさせてはならない。ナギサはウエストポーチからボールを取り出し、スピアーのモコをその場に呼んで一喝する。
「舎内を飛ぶな! ここを飛行していいのはモコだけだ」
 モコが東厩舎のボスポケモンとして君臨し続けなければ秩序は保てない。ブリーダーとその手持ちが育成するポケモンに舐められてはいけないのだ。しかし、暴君になっては彼らも従わない。モコ自身もそれを理解しており、セブンブリッジ内では本来の穏やかな性格を抑えて、絶妙な横柄さで振舞っている。モコが両手の針を振りかざしながらエアームドを牽制すると、鎧鳥ポケモンはしゅっと身を正してそれに従った。
 峠で追っていた時は分からなかったが、エアームドは思いの外従順である。ここまで来る間はボールの中でじっとしているし、血の気の荒い性格を期待していたナギサはやや落胆した。セブンスマン向きではないかもしれない。
 だが貴重な時間を割いて捕獲したポケモンだ。仕方がないので放牧地へ導くと、その柵の中で放し飼いにされていたボスゴドラやシビルドンがエアームドを脅かす。ポケモンはまた萎縮して、東厩舎の序列の最下位に収まった。
 はずれを引いたかな。ナギサは確信する。
 ここで食って掛かる勇敢なポケモンこそが、どんな苦境も恐れないセブンスマンに相応しいのだ。彼らの威嚇に触発され、西厩舎の放牧地にいたザングースのふーすけやムーランドらに吼えられても、エアームドは反抗せずに震えているばかり。峠で見せた執念はどこへいったのか。
「この子がさっき捕まえたセブンスマンですか。格好いいなー。同じ新人だね、よろしく」
 事務所を出てきたトマルが柵の外側からエアームドに挨拶すると、ポケモンはそちらへ駆け寄って鋼の肌を擦り付ける。
「人懐っこくて可愛いなー」
 セブンブリッジで飼われているポケモン達に拒絶されていたトマルはようやく懐いてくれたポケモンに目尻を下げた。そんな様子がナギサには疎ましくて仕方がない。西の放牧地にいたヤマベが笑いながらナギサの不安を指摘した。
「おいおい、そんな甘ちゃんで大丈夫か。トレーナーに盗られちまうぞ」
「たまにあるみたいですね」
 トマルがエアームドを撫でながらそちらを振り向いた。
「何年経っても戻ってこないポケモンが何十匹といるよ。最近は色々対策して減ったけどな。昔は多かった」
 セブンスマン導入時からこの仕事に携わっているヤマベは達観している。
 当時は様々な手段でセブンスマンを手持ちに加えたり、そのまま他の地方へ逃亡する者も多かったという。野良、公式バトルでは使用禁止。交換、ボックス送り厳禁。年度を重ねるごとにレギュレーションの改正やボールの改良等、リーグ側の対策が進んで昨年の盗難数は過去最少の十五件に留まった。
 ただ、今も盗られたポケモンが戻って来ることは稀で、被害に遭ったブリーダーは泣き寝入りを余儀なくされている。
 ヤマベの経験を受け、トマルがこちらに視線を移した。聞きたいことは分かる。
「私はないです」
 リーグに送り出した数が少ないのもあるが、育成したポケモンを盗られたことはまだない。
「さすがです」
 トマルの表情がぱっと明るくなった。だが、嫌な経験がない訳ではない。
「旅先で死なれたことくらいですね」
 それも最初に育てたセブンスマンに。
 戻ってきた死骸のかけらを見てから、仕事に対する意識が冷めたのは否めない。あれから頭の隅には「退職」の文字が刻まれており、ブリーダーには適していないと何度も自覚する。この仕事が向いているのは、ポケモンを商品だと割り切れるヤマベのような人間だ。チャンピオンの夢を捨てきれない自分はセブンスマンを育成している時に手持ちを鍛えているような感覚が残っているから、あの死は辛かった。
 戸惑うトマルに対し、平静を装いながらさらりと言った。
「トレーナーを守って死ねたら本望ですよ」
 そう思うようにしているよ。
 ねえ、「はぐろ」。
 
「それで、セブンスマンの育成ですが」
 感傷に浸る暇はない。
 ナギサは同情を寄せるトマルからエアームドを引き剥がし、話題を変える。
「最初に技の名を覚えさせます」
 トマルが慌てて上着のポケットからメモ帳を引っ張り出し、取材に臨む。
「ポケモンは技のレパートリーが多くても、その名称は一度に四つ程度しか覚えられません。だからポケモントレーナーはバトルごとに最適な技を選定しながら戦いますが、セブンスマンの場合はなるべく相手に危害を加えず、ピンチに対応できる技を中心に教え込みます。エアームドならまきびし、きんぞくおん、てっぺきかふきとばし辺りですかね。そこから三つ、そして勝負球となる、安定性の高い攻撃技を一つ。これを忘れないように教えます」
 覚えた技の名はリーグに報告し、警護するトレーナーにも把握してもらう。メモを取るトマルが頷いた。
「何かの拍子で忘れたり、新しい技を上書きさせるのは簡単ですもんね。それではセブンスマンの任務に響くから干渉を受けないように育てないといけない。安定性の高い技を教えるのもそれが理由ですか」
「その通りです。他の技の出来には多少目を瞑っても、勝負球だけは確実に仕上げなければならないです」
 息を吐くように的確に繰り出せる技、これを覚えさせるのがセブンスマンの育成で一番難しい。攻撃技は「かなしばり」等の封印対策としてもっと多く覚えさせたいところだが、ポケモンへの負担や時間効率を考えると一つが限界だった。
「ポケモンだって生き物ですから、同じ技でも常に百パーセントのパフォーマンスを出せるわけではありません。疲弊していれば威力は落ちる、麻痺していれば使えない。だけどセブンスマンにそれは通用しません。技の精度は警護するトレーナーの生死に直結します」
 旅先でその技を忘れてしまったらどうしよう。そんな不安はセブンスマンを送り出すたびに付きまとう。それでもひたすらトレーニングを重ねて教え込むしかない。この最初の訓練が終われば、次は他のポケモン達による「耐久テスト」が待っている。手持ちのモコやディーノと延々戦わせ、技の精度を磨いていくのだ。
 ナギサの説明に端からメモを取っていきながら、トマルは感心しきりだ。
「常に最高のパフォーマンスかー。セブンスマンってアスリートみたいですね」
「一つの技に特化していますからね。それに簡単に技を忘れるようでは、そこに付け入られて盗られやすくなります」
「なるほど、技を忘れないことは盗難対策にもなる訳ですか。では、この子の攻撃技は何にするんですか」
 トマルにそう聞かれ、ナギサはウエストポーチにしまったスマートフォンで技を調べながら少し考え、答えを出した。
「はがねのつばさ。これにします」
 高火力の技は息切れしやすく安定性に欠ける。「はがねのつばさ」のように、そこそこの威力で付加価値も得られる技はセブンスマンの持ち技に向いている。

「モコ、手伝って」
 まずは軽いスパーリングだ。ナギサは傍に寄り添うモコに視線を送ると、ポケモンから距離を取りながら、エアームドに指示を出す。
「はがねのつばさ、出してみな」
 つい一時間前まで野生だったポケモンは技を唱えてもきょとんとしたままだ。エアームドはそれを使える素質があるし、既に「はがねのつばさ」の動きを技の名は知らずに体得している場合もある。それを引き出すのがトレーナーの腕の見せ所だ。
「動きはこれ」
 スマートフォンから動画サイトを立ち上げ、技名を検索して別のエアームドが動いている映像を見せる。その動きを目にしたポケモンは、無意識のうちに繰り出せる技のレパートリーの中に「はがねのつばさ」を発見したらしい。鮮やかな動きで両翼を広げ、美しく硬化させて空を切り裂いた。
「うん、いいね。その通り」
 褒美にポロックをやって正しいと証明する。
 携帯の操作が苦手なヤマベは手持ちのノーマルポケモンで実践しているが、多くのタイプを担当するナギサは動画サイトを利用していた。
「バトルでも使ってみな。いくよ、はがねのつばさ!」
 すかさずモコが身を屈め、低空飛行でエアームドに襲い掛かる。鋭い突きに対して鎧鳥ポケモンは金属質の両翼を盾で防ぐように受け流し、硬くした羽を返して反撃する。槍と鋼がかち合い、火花が弾けた。
 間合いを取ったエアームドを休ませる暇もなく、ナギサは同じ指示を出す。
「はがねのつばさ」
 エアームドは素直に同じ技を繰り出した。翼を広げるスピードとモコに飛びかかる動き、そして体当たりの威力は先ほどと遜色ない。モコは円錐型の針を傾けて攻撃を防ぎ、エアームドを突いて強引に懐をこじ開ける。次の技も決まっていた。
「はがねのつばさ」
 それを五回繰り返し、油断させたところでナギサがフェイントをかけた。
「エアカッター」
 するとエアームドの動きがぴたりと止まり、「それ、なあに?」ときょとんとしたままこちらを向いてモコに殴られた。
「引っかからなかったね。でも、余所見は駄目」
 やはり聞き分けのいいポケモンだ。思わず舌打ちしたが、これはこれで優秀だ。またポロックをやる。
「もう一度、はがねのつばさ」
 風を纏いながら持ち上がる鋼の翼が疲労で軋もうと、エアームドは素直に技を反復する。
「もう一度」
 技名を省いても、エアームドは同じ指示を受けていることを理解し、モコへ襲いかかった。短時間でこれだけできれば上出来だ。通常ならもっと時間が掛かる。放牧地で新入りを睨んでいるボスゴドラはメタルクローの技の名を理解するまでに一週間も費やした。
「この技を『はがねのつばさ』と認識したようです。あとは他の技も教えて、精度を高めていくだけですね」
 ナギサは報酬のポロックを食べさせてエアームドを労った。
 訓練中の褒美は携帯しやすいポロックを使っていた。それもセブンスマン専用に開発された製品で、インスタントヌードルに入っている乾燥肉の見た目をしているが、状態異常への耐性をつける成分が含まれているので、食べ続けると麻痺や混乱をもたらす攻撃にいくらか強くなる。一連の流れを柵の外から見学していたトマルは惜しみない拍手を送った。
「こうやって覚えさせるんですね。賢いエアームドだなー」
 褒められていることを理解したエアームドが嬉しそうにきゅるる、と鳴いた。
 利口なばかりか愛想も良い。警護するトレーナーにも可愛がられるはずだし、上手く馴染んでくれることだろう。引退後もトレーナーが引き取ってくれるはずだ。セブンスマンは愛着が湧きやすいから役目を終えても貰い手には困ることがなく、時には抽選になる場合もある。
「甘っちょろい奴だけど、頭がいいから何とかなるかな」
 小さな声でモコに尋ねた。
 ポケモンに聞いたって正しい答えが返ってくるわけではない。また捕まえに行くのが面倒だから、自分は間違っていないと言い聞かせたいだけだ。モコは不思議そうに首を傾げた。

+++

 夜行性や病気をしたポケモンがいないから、今日も残業はない。
 ナギサは終業の六時ぴったりにタイムカードを打刻し、帰り支度をするヤマベや戻ってきたミシマに一言挨拶してそそくさと事務所を出る。駐車場傍に置いた自転車に乗って国道へ出ると、最寄りのバス停でトマルと鉢合わせた。彼は二十分前に取材を終えて会社を離れたばかりだ。リーグのある市へと向かうバスがとっくに迎えに来ているはずなのに、何故まだ居座っているのか。
「ちょうどよかった。ナギサさん、お仕事が終わったのなら例のうどん屋に行きませんか? 案内してくださるとありがたいなーって」
 一人で食事にも行けないのか、とナギサは心中で毒づいたが、よそ者が入りづらい店の場合もある。だが、自分はその場所すら分からない。
「私も知りません」
 目を見張るトマルを突き放すように話を続ける。
「ここの地方の人間じゃないんです。この町に住んで三年目ですけど、あまり出歩かないし外食もしませんから、そういうのには疎くて」
 仕事終わりはアルコールで疲労を流したくなるが、自転車通勤なのでスーパーで酒と総菜や弁当を買って帰るようにしていた。自炊は手間がかかるからやらない。
「そうなんですね。どちらのご出身ですか?」
「カントー地方のニビシティです」
 それを聞いたトマルが更に仰天し、甲高い声を上げた。
「わ、近い! 僕、ハナダにいたんですよ。奇遇だなあ」
 まさか同じ地方の出身だったとは。ただしカントー地方においては町ごとに規模も文化もまるで異なるため、同郷という仲間意識は薄い。
「ここの町で働きながら暮らしているのはニビシティに似ているからですか? 山に囲まれ、森は近いし、規模的にも同じくらいですよね」
 トマルはさらりとニビを田舎呼ばわりする。
「いや、ニビはこの町の倍はありますし、もっと栄えていますけど。似ていると思ったことはないですよ」

 この男、典型的なハナダ市民だ。
 ハナダシティの人間はクチバやヤマブキには太刀打ちできないくせに、オツキミ山を挟んで隣接するニビシティとは何かと張り合おうとする。対して、大都市タマムシやヤマブキの人間はニビやハナダを見下しがちだ。クチバは港町ならではの先進的な文化を気取り、セキチクは観光地なのでまた別格。その他は田舎。ジムがない町は名前も忘れてしまった。
 カントー地方はそんなパワーバランスにあり、時には地元をきっかけにした小競り合いバトルに巻き込まれることもあったから、ナギサはトマルに対し妙な警戒心を覚えた。
 しかし、当の本人はそんなことはまるで気にしていないらしい。
「カントーの人と会えてよかったー」
 仲間意識を押しつけながら、更に気軽な質問を続ける。
「じゃあ、ナギサさんのスピアーもトキワの森で捕獲したポケモンですか?」
「そうです」
 モコはナギサが初めて捕獲したポケモンだ。トキワの森で枝から落下し、弱っている所にボールを投げた最初の手持ち。
「シュッとした見た目なのにモコなんて、可愛い名前ですね」
「ビードルの時はモコモコしていたんです」
 わざわざ言う必要もないのに、ついうっかり口を滑らせてしまった。頭がかっと熱を帯びる。
「あ、そういうこと」
 意外と早とちりなんですね。
 トマルはそう続けようとして、言葉を飲み込んだのが丸わかりの顔をしていた。
「店の場所ならスマホでいくらでも調べられますよ。さようなら」
 ナギサは自転車のペダルを思い切り踏み込んで、町の方へ走り出した。トマルの謝罪や喚き声は林を抜ける風によってたちまちかき消され、明かりが灯り始めた町並みが仕事終わりの自分を迎え入れてくれる。多少腹の立つこともあったが、今日はセブンスマン候補を捕獲できたので、仕事の達成感に満ちて気分がいい。久しぶりにビールを買って帰ろうと心に決めた。

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