クリスマスプレゼント

 ポケモンリーグの入場ゲート前のアプローチにはうっすらと雪が積もり始めていた。入口へと続く道にはまだ人が歩いた跡はない。セキエイ高原の冬は芯から冷える寒さで、チャンピオンロードを潜り抜けてきたコトネは白く伸びる道筋を眺めながらゆっくりと息を吐き、一歩ずつ歩み始めた。
「待てよ」
 半分まで到達したところで後ろから呼び止める声がした。コトネが振り向くと、黒いダウンジャケットを着た赤毛の少年が白い息をまき散らしながらこちらに歩み寄ってくる。
「今からポケモンリーグに挑戦しようってのか?」
 コトネの足跡を追うようにシルバーがアプローチを歩んで行く。競い合うように並ぶ足跡は二人のトレーナーの過程を象徴しているようでもあった。
「だが、それは諦めてもらおう」
 コトネから二メートルほど距離を置いて、シルバーが立ち止まる。
「どうして」
 彼女は眉間に皺を寄せた。
「何故なら、見違えるほど強くなったオレのポケモンが今度こそお前を倒すからだ!」
 シルバーはベルトに装着したモンスターボールを高らかと掲げ、コトネの前に見せつける。顔を合わせるたびに因縁を付けられてばかりいたが、少年から滲む不屈の闘志はやがてその関係性に変化をもたらした。
「さあ今、ここで! オレと勝負しろ!」
 その双眸にかつての思い上がりはない。今や立派な好敵手である。
「望むところだよ」
 コトネはショルダーバッグから手持ちのボールを掴み出し、数歩後退して間を広げ、決闘の舞台を作った。雪がちらつくアプローチはしんと静まり、勝負を見守る。そこで沈黙を破ったのは一番手の嘶きではなく、極めて平和的な青年の声だった。
「お取込み中のところ悪いけど、リーグの営業はとっくに終わってるよ。さっき施錠したところ」
 少年少女がリーグの玄関を向く。
 薄らと雪が積もるメルトンコートを羽織った、背の高い赤毛の青年だった。リーグの玄関口に立っていた彼は、ブーツの足跡を描きながら、にこやかに二人の元へ歩み寄る。彼はコトネにとっては目標で、シルバーにとってはまるで歯が立たない因縁の相手だった。
「お、お前! 今までどこに隠れて……」
 コトネは青年に会釈した後、唖然とするシルバーに振り返る。
「どこにって、ワタルさんはリーグチャンピオンだよ。知らなかったの?」
「チャンプ……」
 だからどれほどポケモンの訓練を積もうと、力及ばずだったのか――シルバーは自らの無知に閉口する。それを察したワタルは、彼をフォローするように微笑んだ。
「ストイックに旅をしている子はあまりメディアに触れないからね、知らなくても仕方ないんじゃないかな。コトネちゃんも最初はびっくりしていたし」
「確かにそうでした」
 コトネの表情からシルバーへの軽蔑が消えてなくなる。彼女は居心地が悪くなって話題を変えた。
「ところでリーグがお休みってホントですか? 前にアンズさんが昼も夜もないって言ってたような」
「最近まではそうだったんだけど、七時終業にして盆正月とクリスマスくらいは休ませろって声も多くて。一昨日から今日までは午前中までの営業だよ。そこに書いてある。今度からここへ来るときは事前にリーグの公式ホームページをチェックしておくといいよ」
 ワタルが指したリーグの入り口にその旨が記載された看板が立ててあった。二人は居た堪れなくなり、それに耐え切れなくなったシルバーがそこに所属するプロへ八つ当たりする。
「リーグトレーナーなら年中戦えよ! みっともねえな!」
 それに対し、ワタルは眉間に皺一つ寄せずにさっぱりと笑う。
「まあ我々だって休息は必要だよ。せっかくのクリスマスなんだし、君達もゆっくり過ごしたらどうだい」
「そうします」
 コトネが二つ返事で頷き、その場にクロバットを繰り出した。極寒の中に晒されたコウモリは身体をがたがたと震わせていたが、主が寄り添って温もりを与えるとたちまち調子を取り戻す。そのまま飛び立ちそうなコトネにシルバーが詰め寄った。
「おい、勝負……」
「休みだからまた今度、仕切り直そうよ。今日はクリスマスなんだし」
 クロバットが少年を振り払うように翼を広げ、コトネを抱えてセキエイの寒空へ飛び立った。ドライな部分は相変わらずだ。コウモリが灰色の空に溶け込んだ後、シルバーはアプローチの石畳を剥がすように蹴り上げた。
「何だよ、調子狂うな! お前、あいつの代わりに勝負しろよ」
 シルバーにとって、ワタルも必ず打ち倒すべきトレーナーである。ついでに苛立ちをワタルに擦り付けるように睨んだが、彼はすっかり呆れたままだ。
「もしかして君、暇なの?」
 シルバーの肩がぎくりと跳ねる。親元を離れた現在、彼にクリスマスを過ごす場所はなかった。ワタルは少し考えた後、不穏な笑顔を向けながら少年の逃げ場を塞ぐ。
「それなら、少し付き合ってくれないかな」

「ポケモンに餌やりするだけなら、一人でいた方がマシだった」
 屋内のポケモン飼育場にて、シルバーは群がるニドラン達にドライフードを撒きながら不満を溢す。
「その割にちゃんと餌をあげてるじゃない」
 隣でマリルのグルーミングをしていた中年女性が笑う。連れてこられたのはコガネシティにあるポケモン保護施設で、彼女はここの職員だ。施設では現在、数百匹余りのポケモンを飼育しているという。その多くは育成を放棄されたのだと聞いた。シルバーはふてくされつつも、施設内のあちこちでくつろぐポケモンを見渡しながら素直な意見を呟いた。
「捨てられたポケモンってこんなに多いんだな」
「そうなの、だからワタルさんの寄付には助かっているわ。この時期は命の危機にも関わるから大変なのよ」
 職員は心から嬉しそうにマリルと顔を合わせた。かつて強いポケモンだけを選別しようとしたシルバーは決まりが悪くなってドライフードを撒く手を早める。餌を食むニドラン達は保護されたばかりなのか毛色が悪く、身体には傷も浮かんでいる。例えばコトネに負け続けたズバットやワニノコを、そのまま見捨てていればこうなったのだろうか。一瞬背筋が震えた。
「助かるよ」
 黙々と餌やりをするシルバーにワタルが声を掛ける。
「お前の慈善活動を手伝ったら戦ってくれるんだろ」
 それは王者に挑もうとした際にワタルから提示された条件である。
「勿論」
 そう頷く精悍な顔つきに偽りはない。
 以前チョウジタウンで彼に挑んだ際はまるで歯が立たなかった。それどころかポケモンに対する愛情や信頼が足りないと指摘され、その悔しさはシルバーの腹の中で今も尚くすぶり続けている。この施設にいるポケモン達のように手持ちを見捨てずにやってきたはずなのに――シルバーはもう一度ニドラン達を見渡し、何となくワタルに尋ねた。
「いくら出したんだ、金」
「ま、そこそこ」
 ワタルはさっぱり笑ってはぐらかす。
 これだけ多くのポケモンを所有する施設だから、運営には多くの資金を必要とするだろう。不当にポケモンを売買していた自分の父親が、保有コストを軽減すべく「仕入」を手早く捌いていた姿を思い出す。保護施設とロケット団を比較するのも妙だが、父親は上手くやっていたのだと今更感心した。
「利益がねえのによくやるな」
 それはシルバーなりの褒め言葉だ。ワタルは余裕たっぷりに頬を緩めた。
「クリスマスだからね」
 取り澄ました態度が気に入らない。舌打ちして、またニドランに餌をやった。すると恩を感じたポケモンが身体を足に擦りつけて、同情を誘う。これなら育ててやってもいいと思って、ワタルに尋ねる。
「ここのポケモンって引き取り手が居るのか」
「勿論。例えばおれかな。今回もミニリュウ三十匹、龍の祠に来てもらうよ」
 ワタルが指した先のプールで、沢山のミニリュウが健康チェックを受けている。鰻のつかみ取りのような光景だが、念入りに確認している辺り、トレーナーの審査も必要となるだろう。
「君も?」
 ポケモンが欲しいのかい。
 そんな風にワタルが尋ねる。この男は気難しいドラゴンを率いているだけあり、察しが良い。優秀なポケモントレーナーは相手の気持ちを汲むことに長けている。父も人心掌握は得意で、部下から多大な信頼を集めていた。自分はどうもそこが疎く、コトネに勝てない原因にも直結しているような気がする。それを考えると捨てられたポケモンとどう向き合えばいいのか分からず、引き取り手に名乗り出る勇気はなかった。
「オレは多頭飼いはしねえ主義だ」
 そうやって強がるのが精一杯。
「そうか、残念だ」
 それだけ言って、ワタルがその場を離れた。
 敗北感が足元から這い上がってくる。餌に群がるニドランがこちらの異変に気づき、不思議そうに見上げていた。
「もうちょっと待ってろ」
 餌を撒いて、言い聞かせた。

 次に向かったのはコガネシティの片隅にある小児専門病院だった。
 天井の高い暖房が行き届いたホールに集まったのは入院中の華奢な子供達とその保護者、容体も様々な彼らに見つめられシルバーが委縮して視線を足元に落とす中、袖から仕事着を身に付けたワタルがマントを翻しながら颯爽と現れる。
「コガネ小児病院のみんな、こんにちはー! チャンピオンのワタルです!」
 黒いマントに青い勝負服、その姿はさながらスクリーンから飛び出したヒーローだ。ワタルは子供心をくすぐるように自信たっぷり胸を張ると、ベルトに装着していたモンスターボールを解放し、迫力ある勇ましいドラゴンポケモン達をその場に繰り出す。
「今日はクリスマスということで、お兄さんが自慢のドラゴンポケモンと一緒に遊びに来ました! みんな、たっぷり楽しんでね。後でプレゼントもあるよー!」
 ドラゴンタイプはその見た目と育成の難易度から、子供の羨望を集めやすいポケモンである。それが一堂に会しているのだから、ホールはたちまち夢の空間に変貌した。弱々しい子供達が目を輝かせて龍を見上げる姿は微笑ましく、彼らの親もそれを嬉しそうに眺めている。
 父親にもああやって接してもらったことはあったのだろうか、とシルバーは思い出をひっくり返してみた。
 五歳より前の記憶はおぼろげで、強者を総べる父が良くも悪くも、絶対的な存在を放っていたことしか覚えていない。そんな父が子供に負けたくらいで組織を手放した衝撃は大きく、あの家族らの姿が自分とはもう無縁の世界だと分かっていても、衝動的に親元を離れた選択への後悔はまだ湧いてこなかった。
「これから子供達と撮影会をするから、終わった後にプレゼントを渡してくれ」
 ワタルがお菓子の詰め合わせの入った紙袋をシルバーの周囲に置きながら、段取りを説明する。そこで少年は我に返った。本来ならばこのボランティアの前にワタルとの決闘が挟まれるはずだったからである。
「餌やり手伝ったんだからもういいだろ、勝負しろよ! こんな作業やってらんねー」
「慈善活動って言ったけど、一件で終わりじゃない。これが終わったら受けて立つよ」
 悪びれないワタルにシルバーは憤慨した。
「聞いてねーぞ!」
「全てひっくるめて慈善活動だから。今日はクリスマスだから忙しいんだよ。君が居てくれて助かるよ、ありがとう」
 少年の喚きなどどこ吹く風だ。まっすぐに見据えられ、心から感謝するように頬を緩められるとさして悪い気もしなかった。何故ここまで、尽くせるのだろう。
「いつもこんな事してんのか」
 ワタルは時折フロア内に目をやりつつ、会話を続ける。
「まあね。リーグ所属のトレーナーは皆やってる。これも仕事のうちだ」
 偽善とでも言いたげなシルバーを牽制する、余裕の微笑み。シルバーは無意識のうちに唇の端を噛み締めた。やはり自分とワタルの間には、まだ途方もない差が開いている気がした。
「面倒くせえ。バトルだけやってりゃいいんじゃねえのか」
「トレーナーである前に、まず人であれ」
 そう言った途端、気さくな雰囲気が取り払われリーグの頂を守る王者の風格が顔を覗かせる。シルバーの背筋が自然に真っ直ぐ伸びた。そこへワタルが続ける。
「単純にバトルが強いだけじゃ頂点には立てないよ。殿堂入りして終わるなら、話は別だがね」
 ただ純粋に、強さだけを追い求めていたシルバーは息を呑む。蛍光灯の光が角膜をぱちぱちと刺激し、軽い眩暈を覚えた。ぼやけた視界の先に父親の背が浮かぶ。あの時、シルバーには父が逃げているように見えた。でも、本当は――
「やあ、こんにちは」
 ワタルが屈んで子供の相手をしている。目線を合わせ、笑顔で握手をすると鼻に管がささった幼い男の子も目尻を下げた。我に返ったシルバーは紙袋から小分けされた包みを掴むと、二人の前に乱暴に突き出す。
「ほら、受け取れ!」
 不器用な受け渡しは幼児に恐怖を植え付けたらしく、愛くるしい表情がみるみる崩れかける。すかさずワタルが近くに居たチルタリスを呼び、共に男の子の顔を覗き込んだ。
「お兄ちゃん、優しいね。君のためにプレゼントだって。もらってくれるかな」
 チルタリスが子供を引き寄せ、ワタルが微笑みかけると硬い表情がたちまち花開く。男の子は頬を染め、シルバーを向いてはにかんだ。
「ありがとう」
 そんな感謝が思いの外、心地良い。
 だが、流れを引き戻したのはチャンピオンのアシストがあってこそである。
「いいね、その調子」
 ワタルが親指を立てて称賛し、子供達との交流を再開する。シルバーはその姿を眺めながら、唇の端を噛み締めた。
 それからプレゼントの配布を手伝って、病院から出たのは六時過ぎである。日が落ちるのも早いこの時期だが、クリスマスを過剰に演出するコガネの街の空はまだ仄明るい濃紺をしていた。雪は降っていなかったが、昼間より気温はぐっと下がって息を吐けば白くなる。病院裏手の駐車場に出たワタルは、後ろを歩くシルバーを振り返って嬉しそうに微笑んだ。
「日が暮れるころまで付き合ってくれてありがとう。お疲れ様!」
 ワタルは疲労を少しも見せることはない。それどころか、肩に引っ掛けていたレザーのショルダーバッグからボールを取り出してシルバーの前に掲げて見せる。これからポケモンバトルを行おうというのだ。
「じゃあ、約束通り」
 澄んだ眼差しが駐車場奥の公園へと移る。そこには小さなバトルフィールドが一つ設置されており、市街地でのバトルに適していた。街中で視線が合えば、トレーナーはそこへ向かう。だが、シルバーはそれをきっぱりと跳ね除けた。
「やっぱり、お前とはまだ勝負しない」
 はっきりと通る声が駐車場に行き届く。ワタルは目を見張り、白い息を吐いた。
「衝動的に喧嘩を売っちまったが、よくよく考えたらまだあいつを倒してないからな」
 シルバーはまっすぐに王者を見据えながら、コトネを引き合いに出し、もっともらしい嘘をついた。
「まずはあいつから。ポケモンリーグの大将はその後にしとく」
 これも相手には見透かされているだろう。チョウジで戦った時、ワタルにはまるで敵わなかった。あれから途方もない訓練を積んでも、まだ実力差は明確だ。
 負けたくない。だから、潔くここは引き下がる。あの時の、父のように。
 ワタルは真っ直ぐにシルバーを見下ろし、そして白い歯を覗かせた。
「望むところだ」
 ぽつぽつと駐車場に明かりが灯り始めると、王者の眩い姿が目に痛い。シルバーは長い髪を翻し、さっとワタルに背を向けて立ち去ろうとする。
「あばよ」
「待ってくれよ」
 すぐにワタルが引き止めた。
「おれからも、一つだけ」
 そのまま離れればよかったのに、つい足が止まって振り向いた。胸元へ差し出されたのは、クリスマス柄の赤い包装紙に包まれたプレゼントだった。先ほど病院で配っていたお菓子の詰め合わせより二回りも大きく、そして重みがある。思わず手にしたシルバーに、ワタルが微笑んだ。
「メリークリスマス」
 それはボランティアの礼か、餞別だろう。
 プレゼントを突き返さず、やや不服げに睨むとワタルは悠々と宣戦布告した。
「次はセキエイで会おう」

 クリスマス柄の赤い包装紙を破って出てきたのは、この時期ポケモンセンターで限定販売しているハイパーボールと回復の薬、元気の欠片がセットになったトレーナー向けのクリスマスギフトである。シルバーはコガネシティの片隅にあるフレンドリィショップの小規模店舗の前を通りかかった時に、それがショーウィンドウの前に陳列されている事に気が付いた。視線はついつい値札に移ってしまう。お手伝いへのクリスマスプレゼントにしてはなかなか気前がいい。ワタルへのやっかみで、思わず舌打ちして包装紙を丸めてごみ箱に捨てた。勿論、捨てるのは外装のみである。
 店の小さなショーウィンドウにはそのギフトの他にポケモン向けのクリスマス商品などが並んでおり、装飾品の他、やや割高な缶詰などがある。それを凝視していたシルバーは、ふと思い立って店に入る。クリスマス当日の夕方だからか、店内は狭いそこそこの人混みだ。買い物カゴを取って、缶詰の並ぶ棚へ向かった。
「何かいいメシ、買ってやるよ」
 腰のベルトに装着したボールにそう言うと、中に入っているポケモン達は不思議そうに首を傾げる。オーダイルに至っては、隣の棚に陳列されている食べ慣れた格安のドライフードに釘付けだ。それにむっとしたシルバーは缶をごっそり、カゴの中へ注ぎ込んだ。大胆な行動に近くの客が目を見張る。
「クリスマスだからな。ケチるのはダサイ」
 わざとらしく呟いて、重いカゴを引きずるようにレジへ持って行った。缶詰が一つ一つ加算される音が鳴るたび、心臓の鼓動が増していくがケチるのはダサイ、と再び自分に言い聞かせ、シルバーは財布を開いた。金の重要性は父の元を離れて痛いほど実感する。
 缶が詰まったレジ袋を背負うように肩に下げて店を出ると、頬も強張る冷たい夜風が肌を痛めつける。そのままイルミネーションに彩られた本通りを歩いていくと妙に人恋しくなり、渋々参加した慈善活動さえもう少し楽しめばよかったかもしれないと後悔を覚える。クリスマスとはそう思わせる季節なのだろう。
 また、親とクリスマスを過ごす時期が来るのだろうか。
 そんなことを考えたシルバーは歩道の端に並んでいたベンチに腰を下ろし、息を吐いた。淡白な雲がふわりと消える。先のことはまだ何も分からない。今は他の目標に向かって進むだけだ。ただ、次に会う時は少しだけ父の印象が変わっている気がする。
 シルバーはオーダイルのボールを取って、その場に相棒を呼び出した。勇ましいポケモンの姿は通りを歩く人々の目を引く。それを気に留めず、レジ袋から缶詰を一つとって蓋を開けた。丸い缶の中に、艶やかな魚の煮付けがぎっしりと詰まっている。オーダイルは目を輝かせ、前のめりになった。
「結構いいメシだろ」
 得意げに笑って缶を差し出すと、オーダイルが嬉しそうに鳴く。期待した通りの反応は、また一歩目標へ近付けたはずだ。シルバーは胸を反らしながら、ゆっくりと相棒に笑いかけた。
「メリークリスマス」

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