わたしはちょっと珍しいポケモン図鑑を使っている。
 それはロトムが入り込んだ図鑑で、人の言葉を話すことも可能だ。ぺらぺらと喋りながら横を飛んでくる姿は珍妙で、どこへ行っても好奇の目を向けられる。ここ二年ほどでそれなりに普及したらしいが、やっぱり街の景色に溶け込むことはできていない。
 こいつが世話焼きでお喋りなことも目立つ一因なのだろう。
『だーめ、これでもうおしまい! 一体何回ガチャガチャを引くつもりロト?』
 ロトム図鑑のロポはわたしとガチャガチャの間に滑り込み、ママみたいに叱りながらお金を入れるのを阻む。ロポはわたしが赤ちゃんの頃から面倒を見てくれたポケモンだ。とにかく過保護で、口うるさいのもママ譲り。
「自分がバトルで稼いだお金で回すんだから別に構わないでしょ」
『でも、もう十五回もやってるロ。これ以上やると君とポケモンの晩御飯代がなくなっちゃうロト』
 図鑑には子供トレーナー向けのお小遣い設定機能があって、親が決めた額を上回りそうになるとロポがやんわりと注意する。他のロトム図鑑なら、このあと設定金額をオーバーすると強制的にロックがかかるらしいが、ロポは違う。
「次こそ出そうなんだ」
『そんなにお金を掛けて、何を狙ってロの?』
「ロトムのキーホルダー。リュックに付けようと思って」
 わたしがガチャガチャの景品写真からロトムのキーホルダーを指すとロポは分かりやすく動揺した。
『あ、あと一回なら……いや、でも当たらない可能性も……』
 こういうところが他の図鑑に比べて甘いのだ。これはママには内緒。
「それか、ガチャガチャの中に入って次にロトムのキーホルダーが出るように操作できない?」
 冗談半分で尋ねてみると、ロポは真面目に否定する。
『これは通電していないから無理ロト』
「そっかー。残念だ。諦めようかな」
 かちっと整っていたロポの表情が崩れ、すぐに元通りになった。
『……もうすぐ七つ目のジムに挑戦するんだから、こういうのよりポケモンの調整に時間とお金を掛けた方がいいロ』
 さすが機械は切り替えが早い。縦長の両目はぐずぐず揺れているけれど。
 噴き出しそうになるのを堪えていると、ロポは何かを思い出してこちらに忠告する。
『そうそう! そろそろ六番目の手持ちを捕まえた方がいいロト。君は色々捕まえているケド、手持ちはまだ五匹でしょ? 最後のジムやポケモンリーグに挑戦するトレーナーは、上限の六匹まで揃えた方が勝率が良いというデータがあロよ』
 この台詞は旅を始めてからもう何百回と繰り返しているスヌーズ機能だ。止めても止めても再開し、その度にわたしは
「うんうん、何度も聞きました。でもなかなか目の前に現れなくて」
 と、流し、ロポが
『どんなポケモンが欲しいロト?』
 と、尋ねる。
 この後は適当なポケモンを答えていたのだが――そろそろ本気で止めてしまおうか。わたしは満を持して言ってやった。
「アルセウス」
 ロポは一瞬フリーズし、その後テケーッと叫んで一メートルくらい飛び上がった。遠巻きにロトム図鑑を物珍しそうに眺めていた通行人もちょっと驚きの声を上げていた。
『初めて聞いたロト! 君とは赤ちゃんの頃からの付き合いだけど、そんなの初めて聞いたロト!』
「夢だよね、神様を手持ちにするって」
 恍惚の表情を浮かべながら言ってやると、いよいよ真に受けたロポの両目がちかちかと揺れ始めた。これは効いている。
『七夕の絵本に出ていたジラーチは欲しいってよく言ってたケド……』
「そうだっけ? でもアルセウスの方が強そうだなって。どこにいるのかなあ。やっぱり宇宙の上の方かな」
 さっと視線を向けると、ロポは慌てて求められた機能を呼び出し、アルセウスの生息地を検索した。勿論、神話のポケモンなのでこの目で見たことはない。どこかの図書館へ寄った際にロポが撮影した絵をもとにデータベースを参照し、五分もかけて得られた結果は「生息地不明」。やっぱりね。
『充電中にもう一度データを収集しておくロト……』
 ロポは肩を落とし、ふらふらとわたしの横を飛んでくる。
 さすがにアルセウスは大袈裟だったかな。いつか、その時が来たらきちんと謝っておこう。
 別に、六匹目のポケモンは他で埋めても構わないんだ。そうすべきだし。でも、最後の手持ちの枠はパートナーの気が変わるまで残しておこうと決めている。

【BACK】

inserted by FC2 system