ロッカールーム

 その1.ワタルとシバ

 セキエイリーグには四天王専用のロッカールームが男女それぞれ一部屋ずつ用意してあり、各部屋にはロッカーが四つ設置されている。
「男三人のうち、一人で二つのロッカーを使用している輩がいるらしいな」
 久々にその部屋へ立ち入ったワタルは、呆れた顔で室内を見渡した。
 四天王時代から変わっていない三十畳ほどのロッカールームは、奥に備え付けのロッカーが四つ並び、手前にはソファやテレビ、小型の冷蔵庫などが置かれている。それだけでも窮屈なのに、トレーナーの私物の多さが部屋を更に狭くしていた。特に右二つのロッカーは段ボール箱や脱ぎ捨てた衣類で溢れ、入りきらない荷物が壁にうず高く積まれている。
 それらの持ち主であるシバがオフィスチェアを揺らしながら、呆れるワタルを振り返った。
「他の二人が許可しているから、空いた場所を使っても構わんだろ」
 旧友は開き直ったまま、肩に下げていたタオルをロッカーの中へ投げ捨てた。ポケモンバトル以外には頓着しない性格はワタルが四天王だった頃から変わらない。その時の四天王は男性二人で、余った二つのロッカーもそれぞれ使用していたのだが、ワタルと入れ替わるようにイツキとキョウが加入してもこの調子だ。当初はその横着を咎めていてた二人も、やがて諦めて何も言わなくなった。結局世話を焼くのはワタルだけだ。
「だからって、少し片付けたらどうなんだ。オレが四天王の頃から変わってないぞ。ほら!」
 訓練上がりで疲労が見えるシバの前に、ワタルがゴミ袋をパッケージごと突きつける。
「清掃員から苦情が来たんだ。床が砂まみれだと」
 ロッカーの傍に近寄るたび、ゴムタイルの床がじゃりじゃりと音を立てた。
「この近辺でトレーニングして、そのまま出勤しているからな」
 開き直るシバに呆れ返りつつ軍手をはめたワタルは、ゴミ袋を一枚引き出して広げると、散乱する古タオルを片っ端からその中へ投げ込んでいく。
「ぼろぼろのタオルやよれた衣類はすべて捨てるぞ。あとは古雑誌に壊れたトレーニング器具……」
 ロッカーに刺さるように詰め込まれている古雑誌を運び出し、雑巾と見紛うシャツやタオルを抜き出していくだけでゴミ袋はあっという間に膨れ上がる。五分足らずで出来上がった二つのゴミ団子を見て、シバは首を捻った。
「前はそれなりに整理していたはずなんだが、最近物が増えたな」
「それは、オレが居なくなったからだろう。以前も定期的に片付けていたからな」
 雑誌を放り出しながら、ワタルが友人を睨みつける。シバは悪びれることもなく頷いた。
「なるほど」
 この調子ではこれから先も改善する気配はないだろう。ワタルはうんざりと肩をすくめながら、棚に押し込まれたプロテインの空き缶をゴミ袋へ投げ入れる。
「はあ……中はゴミばっかり!」
 

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 その2.イツキとキョウ

 セキエイリーグには四天王専用のロッカールームが男女それぞれ一部屋ずつ用意してあり、各部屋にはロッカーが四つ設置されているのだが、男性ロッカーの右から二つは四天王キャリアの長いシバが占有していた。彼はとても無頓着な性格ゆえに、いつしか私物がロッカーを取り囲むように積み上げられ、それは左隣を使用しているイツキの領域までなだれ込んでくる。
「うえーっ、またシバさんのゴミがボクのスペースを侵食してる。ほんと片付けないんだからあの人は!」
 ロッカーに戻ったイツキはその場にシバが居ないことを確認し、ふてくされながら自身のロッカーの前に落ちていたタオルをつまんで彼の椅子へ投げ捨てた。本当は触れるのも嫌で、靴の先で避けたいのだが隣にキョウが居る手前、それは憚られる。
「キョウさん、場所代わってくださいよ。シバさんの隣はもうイヤです」
「断る」
 キョウはきっぱりと答えた後、足元に転がるイツキの靴を見ながらわざとらしく溜め息をついた。
「言っておくが、君も散らかし過ぎだ」
 男性四天王のロッカーは右から順に乱雑になっていく。シバよりずっとましとは言え、イツキもそれなりに物で溢れている状態だ。本当は余計な荷物をコンテナにまとめておきたいのだが、シバとキョウの間を使っているとそのスペースが確保しづらい。
「いいなー、端っこは」
 イツキはオフィスチェアにもたれ掛りながら、やっかむようにキョウの隣の壁を見る。そこに「ゴーリキー引越社」の段ボールが積まれているのが目に留まった。
「前から気になっていたんですけど、その段ボールの中身何ですか?」
「記念品」
 キョウはそう答えると、ロッカーに置きっぱなしだった新品の置時計をその箱に入れる。こういう仕事をしていると表彰や贈答品を貰う機会に多く恵まれるが、セキチクジムから荷物を運び込む際に使った段ボールにそれらをざっくりまとめている所を見るに、彼は名誉の物品を有り難がることはしないようだ。
「ああ、リーグの表彰とか何とかアワードとかで贈られるやつですね。年末になると増えますよね。わあ、結構いい時計とか、マスターボールもある!」
 興味をかき立てられたイツキはその箱を覗き込みながら目を輝かせた。ジムリーダー上がりのキョウは後援会などの付き合いが多く残っており、贈り物は自分よりずっとある。それは見習いたい部分だ。
「欲しい物があればやるぞ。箱にまとめて、知り合いに配るだけだからな。家にはもう置く場所がない」
「いいんですか? 売れば結構お金になるのに」
「どうせ二束三文だ」
 そう言われると物を羨む自分が恥ずかしくなった。夢であるチャンピオンになるためには、彼のような余裕も必要だ。実際、ワタルにもそれがある。
「やっぱりいいです」
 イツキはきっぱりと諦めて自分の席に戻る。
「こういうのは自力で手に入れてこそ価値があるもんですよね」
 彼は若いのに野心の塊だ。キョウは感心し、箱を閉じようとする。一番上に置かれたマスターボールの光沢がイツキの瞳にきらりと反射した。
「あっ、でもマスターボールだけください」
 やはりそれだけは貰っておかなければ損。イツキはもう一度立ち上がった。
 

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 その3.カリンとコトネ
 
 セキエイリーグには四天王専用のロッカールームが男女それぞれ一部屋ずつ用意してあり、各部屋にはロッカーが四つ設置されている。
「と言うことは、現状カリンさんは女性ロッカー独り占めってことですね」
 その話を聞いたコトネは素直にカリンの待遇を羨んだ。今日はその部屋に招き入れてくれるというのだから、期待に胸が膨らむ。カリンが独占している部屋と聞けば、きっと華やかでいい香りがするに違いない。
「そうなの。ちょっとしたクローゼットね」
 そう言って案内されたロッカー内はコトネの漠然とした期待を裏切らなかった。四つ並んだロッカーには煌びやかな衣服が並び、棚や壁際には洒落たギフトボックスが積まれ美しく収納されていた。備え付けのインテリアもレースショールやスパンコール地の掛け物でアレンジされ、インテリアショップのショールームにやって来たのかと錯覚するほどだ。
「わあっ、素敵です!」
 目を輝かせながらスチールロッカーに歩み寄るコトネに、カリンは誇らしげにそれを紹介していく。
「そうなの、こっちは仕事用の服で……」
 左端のロッカーはバトル中に着用しているキャミソールやブラウスがハンガーに掛けられている。その隣はパーティドレス一式が並んでいた。
「こっちがアフター。デート用とかね」
 得意げに見せつけるドレスは大きく胸元が開いてとても大胆だ。コトネは息を呑む。
「だ、誰とデートするんですか?」
「気になる?」
 カリンは含みのある笑顔で首を傾け、コトネの顔を覗き込んだ。これだけ艶のある美人だ、男達が放っておく訳がない。それに彼女の職場では女性はただ一人きり――よからぬ妄想を馳せるだけで、コトネの身体はたちまち火照る。呼吸を止めたまま背伸びして答えを待つ少女に、カリンは白い歯を見せてこざっぱりと微笑んだ。
「内緒」
 からかわれた少女は目を丸くする。
「えー、教えてくださいよー! 気になるー!」
「ひみつー。それより何か食べる? スタッフに貰ったキャンディとか、チョコレートがあるのよ」
 わめくコトネを軽くあしらいながら、カリンは右端のロッカーへ歩み、そこに積まれたパティスリーの箱を次々とテーブルの上に積み上げていく。カロスから輸入された宝石箱のように凝ったパッケージを見ると、コトネの関心はそちらへ飛んだ。
「いただきます! 食べるのがもったいないなあ……」
 うっとり眺めていると、カリンがまたカラフルなチョコレートの箱を持ってきた。
「そーお? 勿体ぶってるとどんどん増えちゃって……それ、全部あげるわ」
「いいんですか」
 本当は一人で食べると太るから、押し付けているようなものなのだが――目を輝かせて喜ぶコトネを見ると、善行をした気分になる。
「ええ、持ってっちゃって。今、紅茶を淹れるわね。そこ、座って」
 レースショールが掛けられたソファに腰を下ろし、お洒落な菓子箱を前にするとおとぎ話のヒロインになった気分だ。コトネはもう一度、煌びやかなロッカールームを見渡した。
「はー、幸せ。ずっと居たい……」
 夢の空間を堪能するコトネの前に紅茶のカップを置きながら、カリンが余裕たっぷりに微笑みかける。
「それなら四天王になればいいじゃない」
 そうすればこの部屋をカリンと分け合える。それも悪くない。だが、彼女はそんなつもりはないらしい。
「あたくしはもう一つ上の部屋を使わせてもらうけど。二人じゃちょっと狭いわ、ここ」
 四天王の一ランク上はチャンピオン。牽制するようなクールな笑顔に、背筋が一瞬震え上がった。

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