灰色の星

 とうとうここまで来た。
 まるで劇場のように広いバトルフィールドは、決戦の舞台に相応しい。
「待っていたよ、コトネちゃん」
 フィールドの向かいに立つワタルが微笑む。それはチョウジタウン以来の再会を喜んでいる訳ではなく、挑戦者を迎える王者の儀礼に近い。コトネの空想の中で生きていた、優しくて格好よく、バトルが強い憧れの青年とは印象が違っていた。
「君の実力なら、いずれここに来ることは分かっていた」
 軽々しい理想をはねのけ、ワタルは真摯な眼差しを突きつける。甘い妄想がすぐに霞んだ。
「光栄です」
 コトネは汗ばむ両手を誤魔化すようにショルダーバッグを握りしめた。
 今朝セキエイリーグに飛び込んでから事あるごとにそれをやっていたから、持ち手はすっかり黒ずんでいる。その緊張に付け入られてここまでの四天王戦は苦労し、バッグ一杯に詰め込んだはずの回復の薬は残り三個になっていた。そんな時にチョウジではワタルが薬を分けてくれたが、今は望めるはずもなく。すっかり軽くなったバッグを強く握りしめ、不安を悟られまいと唇を引き結ぶ。
 四天王にも危うかったとはいえ、ここまで来たらチャンピオンに勝つしかない。リーグの頂点に立つ大将だ。想像以上の苦戦を強いられることだろう。
「これ以上、何も言うことはない。今はどちらが強いか、戦って決めるだけ」
 ワタルがフィールドの端で待機する審判や記録係に合図を送りながら、トレーナーの立ち位置へ移動する。ドラゴン使いの象徴であるマントは黒く重厚感があり、それが揺れると幕開きを連想させた。
 余計な会話をすると秘めた想いが勝負に影響しそうだったから、言葉少ない挨拶はコトネには有り難かった。一番手のボールを掴んでポジションへ歩む。中に収まるデンリュウが心配そうにこちらを見ていた。日頃憧れを口にしている相手だから、指示に影響されないか不安なのだろうか。こっそりと諭した。
「大丈夫。ワタルさんを立てるなんてことは絶対しない。一緒に殿堂入りしよう」 
 けれども憧れていた彼に勝利することができれば、その感情は一体どこへ行くのだろう。熱から覚めてしまうのだろうか。一抹の不安は王者と対峙すればすぐに忘れた。王者の立ち姿は下心を絶つ。
「リーグチャンピオンとして――ドラゴン使いワタル。いざ、参る!」
 ワタルが決戦の舞台に敬意を示すように胸に手を当て、祈りを捧げる。周囲は自然と静寂し、その僅か三秒で場を支配した。戦闘に挑むドラゴン使いは彼が率いる竜のように神秘的で、その佇まいに背筋が震える。
 チャンピオンに飲まれてしまう。
 コトネはキャスケットのつばを正してボールを握り直した。勝とう。再びデンリュウと視線を交わし、身を構える。フィールドに対峙した二者がセットポジションからの第一投。ボールが開いて、デンリュウとギャラドスが現れた。
 倒せる――直感がコトネの脳内を駆け、喉を突き動かした。「かみなり!」こちらを威嚇するドラゴンに、デンリュウが雷を放つ。だが先制したのはあちらだった。
「りゅうのはどう!」
 ギャラドスの咆哮は衝撃波となってデンリュウをフィールド上に押し倒す。外野で見守るコトネにもひどい耳鳴りが襲い掛かった。同じ技はこれまで何度も目にしてきたが、桁違いの威力だ。唖然とする間に、ワタルがギャラドスをボールに戻した。
「一旦退くぞ」
 マントを翻しながら二番手を召喚する。「カイリュー!」現れたのはチョウジで出会った種とは異なるカイリューである。あの威力の技をもってしても、ギャラドスで戦い続けるのは分が悪いと判断したのだろう。そう評価されているのなら、互角に渡り合えるかもしれない。コトネは畏怖を飲み込み、すぐにデンリュウを嗾けた。
「デンリュウ、ほうでん!」
 体内から火花を撒き散らし、デンリュウがカイリューへスパークを放出する。ここまでじっくりと鍛え上げた精度の高い電撃はどんな強敵をも麻痺させる。カイリューは膝を崩し、コトネの予想通り立ち上がることができなかった。手ごたえあり。デンリュウと微笑み合う、その姿にワタルが苦笑する。
「やるね」
 彼は回復の薬を取出し、すぐに麻痺を取り除いた。仕切り直しだが、これまでの経験を頼りに隙を突いていけば勝機は必ず見出せる。
「どんどんいこう、かみなりパンチ!」
 コトネに激励されたデンリュウは床を蹴り、勢いよく身体を捻りながら、雷を纏った腕でカイリューの頬に渾身のストレートパンチを叩き込む。ドラゴンの身体が弓なりに反れる。ワタルが吠えた。
「吹雪!」
 至近距離からの攻撃にデンリュウは後方へ吹き飛ばされ、コトネの足元に崩れ落ちる。凍傷を負ったデンリュウは既に意識を失っていた。
「頑張ったね……」
 そう労いつつも、コトネは唇を強く噛み締める。まだ、あと五匹。なのに今は余裕がない。
 場の流れが少しでもワタルに傾くだけで、焦燥を感じて吐きそうになった。流れを引き寄せようと追撃を待つ、ぎらぎらとした眼差しがそう思わせるのかもしれない。飲まれるな、負けるものか、ここまで必死に頑張ってきた経験を思い出せ――唇から滲む鉄の味を含んだ。
「次、オーダイルいくよ! こおりのキバ!」
 旅立ちから共にしているポケモンが、仲間の仇を討つべく氷の牙を剥く。会心の一撃はドラゴンに致命傷を与えて土をつけさせ、見事コトネの期待に応えてみせた。カイリューが戦闘不能になったことで、これで勝負はまた五分である。
「ナイス! まずは一匹!」
 オーダイルとハイタッチして勝利を分かち合うと、後ろに迫る不安が少しだけ解消された。感心するワタルの姿を見るともっと嬉しくなる。
 ワタルがセキエイリーグのチャンピオンだと知ったのはチョウジタウンで別れた後だ。リーグチャンピオンの名前は誰でも知っている。だがありふれた名前だし、広告にしか登場しない雲の上の人だから同一人物だとはまるで疑いもしなかった。
 あなたに近づきたい。異性としても、トレーナーとしても。その欲求が高まって、ようやくここへ来て、厳しい現実に何度も何度も心が揺れる。記憶越しに憧れていた姿のままだったら、これほど複雑な心境にはならなかったのに。

 記録係の席に設置されたスコアボードに白と黒の星が交互に点灯していくたび、余裕と不安がコトネの傍にやってきてメンタルを脅かしていく。風邪でもひいてしまいそうだ。手持ちが一匹減るたびに、終幕が頭をよぎって自分を出せない。何とか平静を取り繕って指示を出しているが、ワタルはとっくに見抜いていることだろう。
 そうさせるのがポケモントレーナーの総本山、セキエイリーグの大舞台なんだよ――そう言わんばかりの面持ちに胸がひりひりと痛んだ。だが、気付けばポケモンは互いに一匹ずつ。追い詰めた気はしなかった。ワタルの切り札は間違いなくドラゴンタイプのポケモンで、こちらに残されたのは相性が悪いからと控え続けたクロバットのみ。
「ごめん。君だけになっちゃった……」
 クロバットは覚悟を決めていたが、傷薬やプラスパワーなどの道具は尽き、アシストは不可能。バッグはほぼ空っぽなのに、肩が重い。恐らく、ワタルは最後の手持ちを読んでいることだろう。四天王との試合を確認する機会があっただろうし、チョウジで共闘した時も顔を合わせている。「かみなり」を覚えているドラゴンを出されると絶望的だ。
 希望があるとすれば、それは向こうも薬が尽きていることくらいだろう。毒を仕掛けることができれば、試合はまだ分からない。ここまで手堅くやってきたのに、最後に奇跡ばかりを信じて戦うのは酷だ。真っ青なコトネに、ワタルが微笑んだ。
「最後まで諦めない。それは君も同じだろう?」
 なんて情の深い挑発だろう。コトネの胸がまたずきずきと疼いたが、確かにポケモンを信じなければ始まらない。
 目尻から零れかけた弱気の雫を拭って、クロバットのボールを勢いよく放り投げた。対してワタルが繰り出したのは、これで三匹目のカイリューだ。もしも『しんぴのまもり』や『かみなり』を覚えていたら――先制しなければ終わりだ。コトネが叫んだ。「クロバット、どくどくのキバ!」
 カイリューが体内から光を放つその前に、クロバットが猛毒をたっぷり含んだ牙で肩口を切り裂いた。コウモリはそのままひらりと宙返りして距離をとり、出遅れたカイリューが神秘の光に包まれる。
「しまった」
 初めてワタルの顔が歪んだ。やはり解毒の策は尽きているのだろう。持久戦に持ち込めば勝てるかもしれない。
「頑張れ、クロバット! エアスラッシュ!」
 コウモリはひらひらとフィールド上を飛行し、遠距離攻撃でドラゴンの頬を切りつけた。カウンターとばかりに、カイリューが猛火を噴く。
「だいもんじ!」
 炎が噴き上がり、フィールドが熱で歪む。凄まじい火力は当たれば終わり、だが距離を取っていたことが功を奏し、クロバットは翼の先を焦がしつつも寸前で技を回避する。
「やった!」
 コトネは拳を握りしめ、夢中で追撃を叫んだ。
「次、シャドーボールだよ!」
 少しでも相手に後れを取ってしまえばそれが命取りになる。自分の不手際でポケモンが負けるのは何より悔しい。クロバットが身を翻しながら編み出した黒い塊をカイリューへ投げつける。猛毒の影響か、カイリューの疲弊は顕著だ。ワタルはドラゴンの背を押し、切り札を鼓舞する。
「運には見放されているが、落ち着いて戦えば勝てる! 遠距離攻撃は捨てるぞ、げきりん!」
 カイリューは猛毒に霞む視界を払うように頭を振ると、床を踏み抜きクロバットへ突進した。巨体を生かした体当たりで荒々しくコウモリの上にのしかかり、そのまま押し潰そうとする。逆鱗の連撃に捕まってしまえばひとたまりもない。
「お願い、持ちこたえて!」
 コトネの叫びを受け、クロバットは竜を押しのけて宙へと逃げ延びる。強烈な突進を受け、身体はふらついている。二発目を耐えられる体力はないだろう。
 神様、どうかクロバットを勝たせてください。初めて捕獲したポケモンで、ここまで懸命に頑張ってくれた親友なんです――ポケモン勝負に勝つために作戦を練り、育成や特訓、様々な努力を重ねて来たのに最後は神頼みなんて情けない。コトネは祈るように声を張った。
「エアスラッシュ!」
 クロバットは歯を食いしばって殴り掛かるカイリューを受け流し、翼を返して風の刃で斬りつける。二匹はほぼ同時にフィールドへ崩れ落ちたが、僅かに意識を残していたコウモリは先に倒れまいと即座に身を浮かせ、それが勝敗を分けた。
「カイリュー」
 ワタルが唖然となってすぐ、クロバットがフィールドに倒れ込んだ。そこで審判によって挑戦者の勝利が宣告され、観覧席の記者達が一斉にどよめく。
 フィールド上にぼんやりと立ち尽くす二人のトレーナーと、僅差の幕切れ。すぐには祝福しがたい雰囲気が、霧のようにたち込めている。
 コトネはしばらく、自分が勝ったことに気付かなかった。その喜びを手持ちの誰とも分かち合えなかったからだろうか。苦楽を共にした仲間と一緒にリーグの門をくぐったのに、どうして最後は一人ぼっちでゴールしているのだろう。
 ワタルが誰よりも先に称賛の拍手を送りながら、こちらに歩み寄って来た。
「終わった……」
 悔恨など微塵もない、すっきりとした笑顔が心に深く突き刺さる。あなたは王者だったのに、どうして少しも悔しがらないのか。
「だけど不思議な気分だよ。負けた悔しさより、良いチャンピオンの誕生に立ち会えた喜びの方が大きいからかな。君とポケモンの絆がよく伝わってきた」
 それでは試合に勝って勝負に負けたようなものだ。欲しかったのはこんな結果ではない。もっと心から満足できる、ぴかぴかの白星を手にしたかった。皮肉にも取れない、ワタルの純粋な優しさが腹立たしくて傷に沁みる。
 今にも崩れ落ちそうなコトネの表情に彼が気付くのと、ラジオ局のインタビュアーらが乗り込んできたのはほぼ同じタイミングだった。
「コトネちゃん、ちょっと」
 カメラが向けられる前にコトネの手首を掴み、身体を引き寄せながら奥の部屋へ向かう。ふいの行動にコトネが驚く間もなく、押し込まれるようにその部屋へ立ち入った。天井が高く、中央に記録装置が置かれている広い室内は噂に聞く殿堂入りの間だろう。重厚な造りをしていたが、今はそれを鑑賞する余裕はなかった。入口の自動扉にロックをかけて、ワタルがこちらを振り向く。
「この結果に納得していない?」
 彼は腰を屈めて困惑気味にこちらの顔を覗き込んだ。聡明な瞳は本心にまで踏み入ろうとする。もう駄目だ。鼻につんと刺激が走って、視界が歪む。
「なんで……」
 ワタルが息を呑むのが分かった。
 傲慢だと思われても構わない。涙が一筋、こぼれた。
「なんで負けたのに悔しがってくれないんですか」
 そしたら少しは気も晴れるのに。あなたはずるい。こんな時でも心にずっと余裕があって、とても親切に接してくれる。
「私にとって、こんなに悔しい試合はないのに。ポケモンは頑張ってくれたけど、私はその力を活かしきれなかった。正直、運の差です。クロバットがカイリューの『しんぴのまもり』より早く毒を仕掛けられるかどうか、たったそれだけの差だった。四天王さん達にも苦戦したし……これで王者だとは胸を張れない。ワタルさんのようにはなれない!」
 膨れ上がった無念を捲し立てると、やがて涙は止まって後悔だけが胸中に残る。泣くに泣けないとはまさにこのことだ。彼女の言い分を聞き入っていたワタルが、少しだけ表情を変えた。
「勝ちに不思議の勝ちあり、って? 君は本当に強くなったね。チョウジのロケット団アジトで苦戦していた頃とは違うようだ」
 そうやって幸運が勝因の一つだと認めてくれれば胸もすく。ワタルは感心したように背筋を伸ばすと、白い歯を見せて微笑んだ。
「好きだよ」
 不意打ち。息が止まる。
「その心意気」
 期待が崩れた。
 そもそもこの流れで告白はおかしい。コトネは一分も費やしてそれを理解した。だがその一言はぐちゃぐちゃに縺れていたワタルへの想いを元通りにする。彼に勝ったら憧れがなくなるかもしれないと思っていたのに、やはり気持ちは離れない。尊敬は勿論、自分の弱さを掬い取ってくれる優しさにいつまでも寄り添っていたくなる。
「だけどそう言われると、負けたおれも情けなくなるな。この部屋に入るのも久しぶりで、少し慢心していたのかな」
 ワタルは少し考え込むと、視線を滑らせながらワタルに尋ねた。
「今回は君の意志を優先するけど、今、王座につかなければ次はない。それでもいいかい?」
 ようやく闘争心が灯った双眸に心が躍る。
「望むところです」
 ワタルは感心しつつ、部屋に中央に置かれた記録装置へと歩む。重いマントが軽妙に翻った。
「でも一緒に頑張ったポケモンのために、椅子に名前は書いていきなよ。目覚めた時に結果が残っていたら、ポケモンは嬉しいんだよ」
「そうですね。ここまで来られたのは、皆の力があってこそだし」
 コトネは納得し、ボールを抱えて装置へ近寄る。すると入り口の扉が次々にノックされ、外の喧騒が大きくなった。待たされていた記者達がしびれを切らして文句を言っているようだ。ワタルはすんなりと聞き入れてくれたが、王座返上をまた一から説明するのは億劫だ。さすがに批判もされるだろう。そんなコトネの憂いを察してか、ワタルがデータを記録しながら助け舟を出した。
「取材が面倒なら後処理はスタッフに任せていいよ。送りの車も頼むから。後日、事務処理の呼び出しに応じてくれるだけでいいし……」
 彼は天井を仰ぎ、意を決したように提案する。
「他のトレーナーが物足りないのなら、いつでもトレーニングに来てくれていいから」
「本当ですか!」
 願ってもないことだ。プロ、それもワタルと訓練できるなんて。思わず頬が染まる。
「勿論。君みたいな意識の高いトレーナーってなかなかいないから、こちらも助かるよ」
「やった! ワタルさんと練習できるなんて嬉しいです!」
 ふいの本音にワタルが目を丸くする。
「そんなに?」
「そんなにですよ! だってずっと憧れて……」慌てて言葉を濁した。「ファ、ファンだったので」
 するとワタルは視線を一旦外へ逃がし、コトネを油断させたところで企むような笑顔を返す。
「チョウジでそんなこと言ってたっけ?」
 コトネは狼狽えつつも、負けじと誤魔化した。
「あの時は、まさか本物だなんて思わなかったですから。例えばメジャーリーガーがマフィアと戦っているなんて普通考えませんよね。あっても映画だけですよ」
 その比喩に心を掴まれたのか、ワタルはたまらずに声を上げて笑い出す。名誉ある地位にいるのに、気取らない空気が心地いい。コトネもつられて頬が緩んだ。

 殿堂入りの手続きを終えたコトネをセキエイリーグからハイヤーで送り出したのはそれから一時間後だ。日暮れの関係者玄関口はシロガネ山の冷たい風が流れ込み、少し肌寒い。発車を見届けたワタルはマントを肌に引き寄せた。
「新チャピオンは会見もほったらかしてどこへ行ったの?」
 無人のロータリーにピンヒールの足音を響かせ、四天王のカリンがやって来る。美人と評判の顔はすっかり呆れていた。ワタルは肩をすくめながら彼女へ歩み寄る。
「残念ながらチャンピオンは変わらずここに。これから事情の説明に行く」
 カリンは納得したように短く息を吐いた。コトネが手持ちのヘルガーに苦戦を強いられている姿に、やや物足りなさを感じていたからだ。
「やっぱりね。まだプロでは通用しなさそうだったし。記者やイツキ達も同じことを言ってた……でも、伸び白はありそうよね」
「ああ。見かけによらずストイックだし、そんな下馬評を覆すんじゃないか。たまに練習においでよって誘っておいた」
 カリンは目を見張った。
 この男がそんな提案をするなんて珍しい。四天王に匹敵すると評される従妹さえリーグに入れようとしないのに。妙な引っかかりを感じ、少し探りを入れてみる。
「ふうん、そうなの。シバがすっごく気に入りそう。実際に戦ってみて、印象が良かったみたいだし」
「いや、そんなはずはない」
 ワタルは反射的に否定したが、おかしな返事を面白がる彼女を見て慌てて理由をこじつける。
「いや……シバは馴れ合いを好む男じゃないからな。合わないだろう」
 そう言ってマントを靡かせ、逃げるように建物内へと消えていく。わざとらしい反応に、真意を悟ったカリンの唇から笑みがこぼれた。
「ふーん、なるほどね」
 ぴりぴりと気が張りつめるリーグに新しい風が吹き込みそうだ。カリンはそう期待し、ワタルの背中が見えなくなるのを待って建物の中へ戻ることにした。

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